低髄液圧症候群ないし脳脊髄液減少症について

1 低髄液圧症候群ないし脳脊髄液減少症とは 

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 むち打ち損傷に起因する症状として,頭痛,吐き気,めまい,耳鳴りなどの自覚症状が主で,他覚的な所見に乏しいにもかかわらず,長期間にわたり日常生活に著しい支障をきたしているというケースが少なくありません

 

  これらのケースの中でも,特に,起立性頭痛(頭部が起立しているときに頭痛が悪化し,寝ているときには頭痛が緩和するタイプの頭痛)の症状が発現している場合には,低髄液圧症候群ないし脳脊髄液減少症の疑いがあり,近年,交通事故に関する訴訟で,これらの症状について,後遺障害該当性を中心として争われています。

 低髄液圧症候群と脳脊髄液減少症は,通常,厳密には異なる病態のことを指して用いられます。もっとも,両者は,脳脊髄腔から髄液が漏出するという点,上述のような自覚症状が発現するという点では共通しており,交通事故に関する訴訟の中で両者を意識的に区分して異なる処理をしているという事案はないように思われますので,以下では特に区別することなく,解説を加えたいと思います。
  

2 診断基準について

 脳脊髄液減少症に関する主たる診断基準は,国際頭痛分類における診断基準,Mokriの4基準,日本脳神経外傷学会の診断基準,脳脊髄液減少症研究会ガイドラインなどがあります。しかし,脳脊髄液減少症については,医学的に未解明な部分が多く,いずれも絶対的に確立している基準ではありません。

 

 損害保険料率算出機構では,上記診断基準のうち,日本脳神経外傷学会の診断基準を,脳脊髄液減少症の認定に利用しています。

 

 上述のように,医学的にしっかりと解明されている分野ではなく,学会でも多方面から議論されている分野であるため,脳脊髄液減少症の診断は,専門の医師からも,極めて困難であることが指摘されています。
 

3 裁判例における取扱い

 脳脊髄液減少症の発症が裁判で肯定されたなどと報道されるケースもありますが,現実的には,損害賠償という観点からみると,裁判例の動向は非常に消極的な傾向にあります。

 

 そもそも脳脊髄液減少症の発症自体を否定する裁判例,発症が認められるとしても損害(治療費,休業損害,後遺障害逸失利益)との間に因果関係はないとして請求を否定する裁判例が非常に多くあります。

 

 原因は,上述のように,この分野における医学的な研究が不十分であるためです。この点については,少しでも早い全貌の解明が望まれるばかりです。被害者の方には,現実的に,様々な自覚症状が生じているわけですから,これらを無視して,一律に損害の発生を否定するということは被害者救済の観点からすれば,問題のある現状であると言わざるをえません。 

 

 他方で,少ないながらも,脳脊髄液減少症を前提とした被害者の主張を肯定した裁判例も存在します。

 

 例えば,福岡地裁行橋支部平成17年2月22日判決は,「原告が本件事故以前にかかる傷病を有していなかったこと,本件事故後に生じた他の原因でこれらの傷病が発現したことを認める証拠がないこと及び上記の医学的知見,とりわけ,軽微な外傷でも低髄液圧症候群が発症すること,外傷から発症まで一定の期間が経過する場合もあること,頚椎捻挫と併発した低髄液圧症候群は,停車中の追突事故による例が多数を占めていることを総合すると,本件事故と原告の症状との因果関係は,これを認めることができるというべきである。」として,低髄液圧症候群を肯定しています

 

 後遺障害との関係では,裁判例で認定されたものとして,他の種々の症状と併せて12級と認定されたもの,14級と認定されたものがあるのみで,その限度にとどまっているのが現状であるといえます。
 

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